2012年5月21日月曜日

グループ 星の舎(清水汀子代表)・展のご案内



清水汀子さんから以下の連絡を受けましたので、皆様に紹介いたします。
興味のある方でご都合のつく方は足を運ばれたら如何でしょうか。

日 時 2012年5月22日(火)~28日(月)
     11時30分~6時30分(最終日は5時終了、その後ささやかなパーティ)

場 所 ギャラリー成瀬17(JR横浜線成瀬駅北口)  042-705-6840
     町田市南成瀬1-1-2   プラザナルセ2F

付 記 清水さんは23日の午後会場にいらっしゃるとのことです。

2012年4月23日月曜日

秦さまからの贈り物 Why the Suiss stay at home

皆様
確か二年近く前と思います。
海外の友人が送り届けてくれ、皆様に配信したと記憶しています。
良質の画像と音楽は、世界中を駆け巡るのでしょうか?
ヨーロッパの友人が送ってくれましたので、此処に再送信します。
ご家族、ご友人の皆様と、暫し「スイス旅行をお楽しみ下さい。
秦浩一





















2012年4月10日火曜日

秦さまからの贈り物 Spring has come.

皆様

ある友人から、アメリカの春の作品を、送っていただきました。
綺麗な色彩の春の花をお楽しみください。

秦浩一


























































2012年3月31日土曜日

中世・鎌倉の地震と津波(広報「かまくら」から)


市の広報「かまくら」 2012年4月1日号に、中世鎌倉の地震と津波についての記述がありました。以下に紹介いたします。

中世・鎌倉のまちづくり

地震と津波

 中世・鎌倉の地震や津波についての記事を紹介します。
昨年3月11
日の東日本大震災を受け、県は「神奈川県津波浸水予測図(素案)」を発表しました。その中で「明応型地震」などの地震について述べています。
 明応年問には、鎌倉で二度大きな地震が発生した記録があります。明応4年(1495)8月15日と7年(1498)8月25日です。前者については『鎌倉大日記』など四つ、後者については『異本塔寺長帳』など三つの異なる文献に記事が載っています。
 特に明応4年の記事が詳しく、由比ヶ浜の海水があふれ大仏殿堂舎屋を破壊し、溺死者が200余人にのぼったことなどが書かれています。
 また明応7年の記事では、由比ヶ浜の海水が湧き、大仏殿まで上がるとあります。
 一方、次のような記録もあります。
 文明18年(1486)に鎌倉を訪れた禅僧・萬里集九(まんりしゅうく)は、その日記に「大仏は堂宇が無く露坐である」と記しており、このことから、明応4年の地震の前に、すでに大仏殿の建物はなかったことが伺えます。
 「大仏殿」という言葉は、現在では大仏を覆う建物を想像しますが、中世では寺院を指す名称だったという指摘も
あります。
 境内の発掘調査では、大仏の覆い跡の礎石を乗せる「根固め」が発見されました。その海抜は約13メートルでした。
 参道部分での発掘調査では津波の痕跡を探るため、土中に含まれる珪藻(けいそう)の分析を行いましたが、明確な津波の痕跡は検出できませんでした。
 以上のことから、津波は大仏脇の稲瀬川をさかのぼり、近くにあった建物などを壊したとも考えられます。
【文化財課】

2012年3月25日日曜日

秦さまからの贈り物 桜の季節になりました

私の友人が、昨日松田を訪問し、河津桜の写真を送ってくれました。
我々にとって、竹内先生との懐かしい思い出と重なる光景があります。

写真は酒匂川を挟んで ①対面の箱根明神岳 ②眼下の酒匂川 ③東名高速道 ④盛りの菜の花と桜 です。
規模は小さいけれど、簡単に行けますし、結構美しい(箱根、富士のバックが良い)のでご紹介いたします。

秦浩一



















2012年3月21日水曜日

秦さまからの贈り物 Dubai Aquarium

皆様

淀みないオイルマネーの恩恵を受けて繁栄の一途を歩む中東の一国、ドバイの
社会資本の様子です。
巨大な水族館等は、想像を絶する規模のようです。

石油資源の枯渇が遠からず到来すると、この国の将来、50年、100年先は
どうなっているかなと思ったりしています。

観光旅行では、訪問する機会が少ないでしょうから、添付画像をご覧に
なって下さい。

米国の友人からの配信です。


秦浩一